メッセージ

治療応用で注目を集めるB細胞


分化制御研究室では、どのような研究をしているのでしょうか。

 ヒトをはじめとする高等生物には、細菌やウイルスなど外界から侵入してくる異物から生体を守る免疫システムが備わっています。私たちは、免疫システムを担うリンパ球の一つ、B細胞について研究しています。

 樹状細胞が異物を認識すると、まずT細胞が活性化され、次にB細胞が活性化されます。活性化されたB細胞は、プラズマ細胞に分化し、抗体を産生します。この際、血液中に放出された抗体は異物に結合して炎症を起こし、異物を排除します。この一連の流れは、30年ほど前から知られていました。しかし最近、B細胞の免疫応答は、もっと複雑であることが分かってきました。

B細胞の新しい働きが見つかったのでしょうか。

 抗体を産生して炎症を起こし、異物を排除する。それが通常のB細胞です。ところが、それとは逆の働きをする、つまり炎症を抑制するB細胞が見つかったのです。その細胞は、「制御性B細胞」と呼ばれます。

 近年、B細胞の研究には、大きな期待が寄せられています。抗体を産生して異物を攻撃するB細胞の働きを人為的に制御できれば、アレルギー疾患や感染症、自己免疫疾患の治療につながるからです。しかし、そこで問題になってくるのが、制御性B細胞の存在です。

 例えば、炎症を抑えるためにはB 細胞が働かないようにすればいいと、普通は考えるでしょう。ところが、すべてのB 細胞を働かなくすると、炎症が悪化してしまう例が見られます。これでは、治療に使えません。B細胞と制御性B細胞は互いに相反する機能を有しているので、治療に使うには、B細胞と制御性B細胞についてもっと理解し、それぞれの働きを自在に制御できるようにする必要があります。

 私たち分化制御研究室では、B細胞と制御性B細胞がどのように分化・増殖し、異物を速やかに認識して排除するのか、あるいは炎症を抑制するのか、そのメカニズムを理解しようとしています。そして、その延長線上にある治療への応用も意識して研究を進めています。

免疫システムの概要

免疫システムの概要

高等生物が持つ免疫システムには、生まれながらに備わっている「自然免疫」と、一度侵入したことのある異物に対して特異的に働く「獲得免疫」がある。獲得免疫で働くB 細胞は、抗体を産生して異物を認識して排除する。炎症を抑制する制御性B細胞もある。

制御性B細胞におけるカルシウム流入と脳脊髄炎の抑制メカニズム

制御性B細胞におけるカルシウム流入と脳脊髄炎の抑制メカニズム

制御制B細胞の受容体に抗原が結合すると、小胞体から細胞質にカルシウムが放出される。小胞体のカルシウムが枯渇すると、小胞体カルシウムセンサーSTIMがそれを感知し、細胞膜近くへと集まっていく。STIM が細胞膜上のストア作動性カルシウム(SOC)チャネルを活性化し、細胞外からカルシウムが流入する。それが転写因子NFAT の活性化を引き起こしてインターロイキン10(IL-10)の産生を誘導し、脳脊髄炎を抑制する。

B細胞とカルシウム〜多発性硬化症の新たな治療法へつながる発見


最近の研究成果を教えてください。

 B細胞におけるカルシウムの機能に関する研究です。カルシウムがさまざまな細胞機能において重要な役割を担っていることは、広く知られています。馬場義裕准教授と松本真典研究員は、STIMという分子を持たないマウスをつくり、B細胞におけるカルシウムの機能を調べました。

 STIMは、細胞内でカルシウムを貯蔵している小胞体の表面にあるカルシウムセンサーです。STIM欠損マウスでは、細胞外からのカルシウム流入がなくなり、細胞内のカルシウム濃度は低いままです。カルシウムは細胞機能にとって重要なはずだから、STIM欠損マウスではB細胞にも異常が出ると予測していました。もしかしたら、B細胞はできないかもしれない、とさえ考えていました。ところが、STIM欠損マウスのB細胞は正常で、抗体もつくります。予想外の結果に、正直がっかりしました。ところが、馬場准教授は「何かある」という確信があったのでしょう。STIM欠損マウスをさらに詳細に調べ、制御性B細胞の機能が阻害されていること明らかにしたのです。

B細胞の新しい働きが見つかったのでしょうか。

 抗体を産生して炎症を起こし、異物を排除する。それが通常のB細胞です。ところが、それとは逆の働きをする、つまり炎症を抑制するB細胞が見つかったのです。その細胞は、「制御性B細胞」と呼ばれます。

 近年、B細胞の研究には、大きな期待が寄せられています。抗体を産生して異物を攻撃するB細胞の働きを人為的に制御できれば、アレルギー疾患や感染症、自己免疫疾患の治療につながるからです。しかし、そこで問題になってくるのが、制御性B細胞の存在です。

 例えば、炎症を抑えるためにはB 細胞が働かないようにすればいいと、普通は考えるでしょう。ところが、すべてのB 細胞を働かなくすると、炎症が悪化してしまう例が見られます。これでは、治療に使えません。B細胞と制御性B細胞は互いに相反する機能を有しているので、治療に使うには、B細胞と制御性B細胞についてもっと理解し、それぞれの働きを自在に制御できるようにする必要があります。

 私たち分化制御研究室では、B細胞と制御性B細胞がどのように分化・増殖し、異物を速やかに認識して排除するのか、あるいは炎症を抑制するのか、そのメカニズムを理解しようとしています。そして、その延長線上にある治療への応用も意識して研究を進めています。

カルシウムは通常のB細胞にとっては重要でないが、制御性B細胞にとっては重要である、ということですか。

 その通りです。脳や脊髄、視神経などに炎症が起きて運動麻痺や感覚障害が現れる多発性硬化症では、制御性B細胞がその脳脊髄炎を抑制していることが報告されていましたが、その炎症を抑制するメカニズムは分かっていませんでした。

 STIM欠損マウスに脳脊髄炎と同様の症状を引き起こしてその進行を調べたところ、炎症が悪化していくことが分かりました。この結果は、脳脊髄炎の抑制にはSTIMの働きによって細胞外からカルシウムが流入することが不可欠であることを意味しています。また、カルシウムの流入から炎症を抑えるインターロイキン10(IL-10)の産生までの分子メカニズムも明らかにすることができました。制御性B細胞においてSTIMの機能を人為的に制御することで、多発性硬化症の新たな治療法の開発につながると期待されています。

 例えば、炎症を抑えるためにはB 細胞が働かないようにすればいいと、普通は考えるでしょう。ところが、すべてのB 細胞を働かなくすると、炎症が悪化してしまう例が見られます。これでは、治療に使えません。B細胞と制御性B細胞は互いに相反する機能を有しているので、治療に使うには、B細胞と制御性B細胞についてもっと理解し、それぞれの働きを自在に制御できるようにする必要があります。

 STIM欠損マウスは制御性B細胞の機能を調べるよいモデルとなるため、これから制御性B細胞の研究が進むでしょう。制御性B細胞については、いつ、どのようにつくられるのかさえ、実はよく分かっていません。B細胞が分化したものと言う人もいれば、分化はしておらず環境によって抑制型になっているだけだと言う人もいます。制御性B細胞が通常のB細胞に戻る性質があるのかどうかも分かっていません。制御性B細胞の素性を明らかにすることが、当面の大きな課題です。

免疫記憶をめぐる深い謎


B細胞について明らかにすべき課題として、ほかにどのようなものがありますか。

 免疫記憶です。B細胞は、一度反応したことがある抗原に対しては、1回目の反応より迅速に、そしてより抗原に親和性が高い抗体を大量に、長時間にわたって産生します。これは、抗原を記憶している「メモリーB細胞」があるからだと考えられていました。しかし、メモリーB細胞がどのように生まれ、どのように“ready to go” の状態で維持されるのか、また通常のB細胞との違いについては、免疫学の大きな課題になっています。この課題は、伊勢渉准教授、井上毅助教、中川理奈子研究員らが取り組んで います。

メモリーB細胞に関する最近の研究成果を教えてください。

 メモリーB細胞がどこにあるか。それは迅速な応答のために、とても重要な問題です。私たちは、この問題について大きな発見をしました。

 メモリーB細胞は、脾臓やリンパ節の「胚中心」と呼ばれる領域でB細胞から分化することが分かっています。しかし、そのまま胚中心にとどまるのか、リンパ液や血液に乗って全身を循環しているのかは不明でした。私たちは、メモリーB細胞のうちIgG(免疫グロブリンG)を発現するものが胚中心の周辺に存在しつづけていることを明らかにしました。しかも、そのIgGメモリーB細胞は、抗体を産生するプラズマ細胞に向かって少し分化が進んでいるのです。

 メモリーB細胞が分化・増殖するにはT 細胞によって活性化されることが必須です。胚中心の周辺に存在するIgGメモリーB細胞の近くには、T 細胞があることも分かりました。

 メモリーB細胞のプラズマ細胞への分化が少し進んでいること、その近くにT 細胞があること。その二つの理由によって、一度反応したことのある抗原に対して素早く反応できるのでしょう。

メモリーB細胞は、どのようにして抗原に対する親和性を高めるのでしょうか。

 B細胞は骨髄で造血幹細胞から分化するときに、「Ig遺伝子の再構成」といって抗体遺伝子をランダムに変化させることで、多種多様な異物に対応できるようになっています。しかし、その仕組みだけでは、一度反応したことのある抗原に対してさらに親和性を高めていくことはできません。実は、メモリーB細胞の抗体遺伝子は、胚中心で突然変異を受けることにより、抗原に対する親和性を高めているのです。

 しかし、さまざまな突然変異を起こしたものから、より親和性の高い抗体をつくるメモリーB細胞を選別する必要があります。その選別のメカニズムは、よく分かっていません。

 また、メモリーB細胞は長寿命だと考えられていました。しかし、B細胞をメモリー細胞化してマウスに移植して調べたところ、長生きするという証拠は何度やっても得られませんでした。メモリーB細胞は長寿命であるという認識を変える必要があるのかもしれません。免疫細胞の謎は、とても深いのです。

今、科学は新しいフェーズへ


免疫記憶の深い謎を解くことはできるのでしょうか。

 あきらめる必要はないでしょう。科学には、まだまだ可能性がたくさんあります。

 17世紀から18世紀にかけてベートーヴェンやマーラーなど優れた交響曲の作曲家が多く誕生しました。しかし、今は交響曲の作曲家はほとんどいません。なぜだと思いますか。ベートーヴェンの時代、新しい楽器が次々と生まれました。だから、さまざまな楽器の組み合わせである交響曲が盛んにつくられ、優れた作曲家が輩出されたのです。近年、新しい楽器は生まれていないでしょう。だから、交響曲の作曲家が現れないのです。新しい道具や技術が出現すると、人は想像力をかき立てられ、新しいものが生み出されるのです。

 科学も同じです。例えば、5年後には、1個の細胞ですべてのRNAの発現を解析できるようになるでしょう。今はまだ、たくさんの細胞をまとめて解析することしかできません。それが、隣の細胞同士でRNAの発現がどう違うかが分かるようになる。これは、大きな発展です。細胞1個1個を解析すると、データ量も膨大になります。しかし、心配はいりません。「京」のようなスーパーコンピューターがありますから。

 こうした新しい道具や技術の登場によって、まったく新しい実験が可能になり、いままで分からなかったことが分かるようになります。科学は今、新しいフェーズに入ろうとしているのです。

免疫研究者の卵たちよ、IFReCへ集え


大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)は、世界トップレベル研究拠点として2007年10月に発足しました。
IFReCには、どのような特徴があるのでしょうか。

 第一に、拠点長の審良静男さんをはじめ、世界的に認知されている研究者がたくさんいることです。彼らは、次にどういう研究をしなければいけないか、どのような研究者を育てるべきかを常に考え、実践しています。

 また、免疫研究に生体イメージングやバイオインフォマティクスを積極的に取り入れていることも、大きな特徴です。私が若いころは、実験だけをやっていればよかった。でも今は、実験で得られた膨大な情報を適正に処理するためにも、バイオインフォマティクスの基礎知識は必須です。解析のためのソフトを自分で開発できないまでも、評価できる能力は最低限必要です。生体イメージングの技術を習得する必要もあります。

 IFReCでは、複数の専門分野に精通した研究者を育成するために、一人の学生が異なる専門分野の研究室に所属して2人の指導教官のもとで学ぶ、主副指導教官制度を導入しています。

IFReCは、免疫の研究者を目指す人にとって最高の場ですね。

 私は、岡山大学医学部を卒業して京都大学医学部の大学院に進みました。果たして自分のような学生が京大で通用するのだろうかと正直不安でした。でも、あのとき厳しい世界に飛び込む決心をしなければ、今の私はないと断言できます。京大での指導教官だった沼正作先生は、とても厳しく、怖かった。でも、沼先生に出会い、先生から学んだ多くのことは、私の財産です。若いときは、厳しい世界でもまれるべきだと思います。

 免疫学で日本の将来を担っていきたい、世界で活躍したい、と考えている人にとって、IFReCほど素晴らしい場所はありません。優秀な人に、ぜひ来てほしいですね。

研究者に向いている人とは?

 ある程度の頭の良さは必要ですが、それだけでも駄目。いい意味での頑固さ、そしてなによりも情熱を持っている人が研究者に向いていると、私は思います。

 以前、私の研究室に一人の大学院生が入りました。君はどんな仕事をしたいのかと聞くと、「教科書を変えるような仕事をしたい」との返事。何を言っているんだ、と思いましたよ。私にだってできないのに(笑)。でも、そのくらい野心的なことを考える人でないと、世界レベルの研究はできないでしょう。

予想していなかった結果が出たときこそ面白い


B細胞研究の今後を、どのように展望されていますか。

 治療応用への貢献は、B細胞を研究している者の使命だと思っています。しかし私にとっては、制御性B細胞にしても免疫記憶にしても、B細胞については何一つ、「分かった」と言えるところまで到達していません。私たちの持っている知識と、治療応用で求められる知識との間には、大きなギャップがあります。まずは、B細胞の免疫応答をシステムとして基礎からしっかり理解することが必要だと思っています。

 また、免疫研究に生体イメージングやバイオインフォマティクスを積極的に取り入れていることも、大きな特徴です。私が若いころは、実験だけをやっていればよかった。でも今は、実験で得られた膨大な情報を適正に処理するためにも、バイオインフォマティクスの基礎知識は必須です。解析のためのソフトを自分で開発できないまでも、評価できる能力は最低限必要です。生体イメージングの技術を習得する必要もあります。

 今使える最善の技術と、今考え得る最高のアイデアで、新しい実験をデザインし、次々やってみることが大切でしょう。実験に失敗するのは当たり前です。トライ・アンド・エラーの中にこそ、重要な発見があるものです。そして、B細胞におけるカルシウムの実験のように、予測していなかった結果が出たときこそ面白い。それが、次のエキサイティングな実験へとつながっていくのです。そして、質の高い仕事をしていけば、治療応用にも貢献できると確信しています。

ホワイトボードに書いてある言葉は、黒崎先生のモットーですか。

 「 謎を解き、夢に応える。科学の挑戦は終わらない」。いい言葉でしょう。
B細胞には謎が多い。一つ謎を解くと、次の謎が出てくる。だから面白いです。

ホワイトボードに書いてある言葉は、黒崎先生のモットーですか。

(取材・執筆:鈴木志乃/フォトンクリエイト)